明後日が二日後ということなので、ちょっと街中の自販機に二十円を入れてみることにした。
 自販機に表示されるデジタルな数字が十間隔で増えていく。そう、百円ジュースの完成は近い。
 やがて八割方の自販機に硬貨を投入し終えたであろう頃、三十円を入れて回る古泉にばったりと出くわした。
「道理で、あなたもですか。ここが正念場です。頑張りましょう」
「ああ、解ってる」
 俺の理想の夢、百円ジュースが七十円ジュースへと進化を遂げていく。出費はかさむが夢には代えられない。
 俺は古泉と三時に駅前で集合することを約束し、お互いの仕事へと戻る。

 ようやく全ての自販機に二十円を投入し、時計を見る。
 一時半。
 まだ集合時間には早い。だがここは実際の時間より一時間後だと思うのが最良の判断だろう。そう、今は二時半である。
 ちょうどいい時間なので、俺は駅前へと足を進める。
 三時五分前に到着するが古泉はまだ来ていない。当然だ、実際は二時五分前である。
 三時半を過ぎた頃、ようやく古泉が姿を現した。三十分以上も遅刻しやがった。だが実際は二時半過ぎなので遅刻ではない。
「どうやらお待たせしてしまったようですね」
「ああ、一時間半は待ったぞ」
「なるほど、そういうことですか」
 とりあえずいつもの喫茶店に入り、少しばかり休憩を取ることにした。
 ウェイターが持ってきた水をふた口ほど喉に流し、俺は兼ねてからの懸案事項を思い出す。
 急いで店員に油性マジックペンを借り、ふた口分減った水のライン辺りにマジックでコップに印を付ける。

 ――そう、俺はこのラインまで水を飲んだんだ。

 ふた口飲むたびに印を付けていき、やがてコップがビーカーのように変化していく。
 インクが無くなるまでお冷を堪能した俺と古泉は、ある異変に気付いてすぐさま喫茶店を後にする。
「お前も気付いたか」
「ええ。コップがビーカーに改変されていましたね」
 またしてもハルヒはとんでもないことを仕出かしてくれたらしい。俺たちは全力で学校を目指す。
 途中で一年三組の窓に付いていた群青色の斑点を何かで拭き取り、俺は扉から、古泉は隣の部屋から壁を破って文芸部室へ体を突っ込む。すぐさま部室内を見渡す。
 くそ、間に合わなかったか。
「古泉はここで待ってろ。結果はあとで伝える」
「わかりました」
 俺はそう言うや否や部室を飛び出し、我が一年五組の、そう、国木田の席だ。そこへ急いで自販機を設置する。自販機は古泉が機関を介さず個人的に手配したものだ。
 価格を125円に設定し、その辺りで俺は理解した。
 急いで結果を伝えるべく教室を後にする。自販機に五円玉を入れることは出来ないが、今はそんなこと関係ない。
 そして一年二組から比較的古泉に似た生徒を探し出し、結果を半分伝える。そして残りの四分の一を古泉本人に伝え、あとは自分の胸に仕舞っておくことにした。
「解決したようですね」
 ティッシュペーパーを二枚に剥がす作業に没頭している古泉が、手を休ませることなく俺に言う。
「ああ、今回はマジでギリだった」
「落ち着いたところで、どうです? 久し振りに一局」
 小さな将棋板を筆箱から取り出し、古泉は対局を勧めてくる。香車の駒がネバネバするのは愛嬌だろう。
 俺はその将棋板をいったん本棚の上に置き、結局そこで対局を始めることにした。


 ここで冒頭に戻る。
 そう、将棋を始めてから冒頭に戻ったのだ。とにかくいったん冒頭に戻り、再びここまで進んできたわけである。
 再び将棋を始め、今は俺も古泉も本棚の上に鎮座している。香車は相変わらずネバネバだ。だが本棚がネバネバしていないことには驚きを隠せない。
 俺は一手ごとに桂馬に蜂蜜を垂らしつつ、古泉の陣を攻めていく。胸ポケットから駒を取り出し、次々と駒を増やしていくことも忘れない。
「王手だ」
「王手です」
 ドローか。いつの間に腕を上げたんだこいつは。
「その蜂蜜が決め手となりまして」
 よく見ている。気付いていないようで気付いていやがった。
 俺は自分が勝ったことにしようと裏で試みるが、そういうわけにはいかなかった。窓に付いているショッキング色の斑点が忌々しい。
 仕方なしに香車と桂馬を古泉の鞄に戻し、帰路につくことにした。
 まあ厄介事はなんとか無事解決したのでよしとしよう。

 自宅に戻った俺は今日の出来事を断片的に思い出す。久々に大掛かりな仕事だったな。
 いっそもっと大掛かりにすべきかという思考も頭をよぎったが、当分の間は勘弁だ。

 まあ、この世界を選んだのは誰あろう俺自身なんだから、もっと大掛かりでも構わないのさ。