「わぁ、これ可愛いなあ」
 これ見よがしに仰々しくショースタンドで展開されている目玉商品の一つを手に取り、朝比奈さんは感嘆の声を上げてそれに魅入っている。
 昭和基地辺りの寒さくらい厳しい家計を憂う俺は、その横でチラチラと値札を目で追う。財布の中身との緊急会議を急いで開く必要がありそうだ。
「……あ。やややっぱり、ちょっとわたしには似合わないかなぁ」
 きっと、値札に記された数字の羅列が目に入ったのだろう。
 オドオドと不審者の如く立ち振る舞いで商品を戻し、朝比奈さんはタタッと別の陳列什器へ向かう。嗅ぎ慣れた安物のシャンプーの香りを、置き土産に残していくのがまた憎い。
「朝比奈さん。これ気に入ったんなら、これにしましょう。たぶん、大丈夫ですから」
 俺が使う分の出費を色々と切り詰めれば、まあなんとかなりそうだしな。
 ロウソクの長さを計るまでもなく、寿命を削らんばかりに頑張ってくれた朝比奈さんには、これくらいのお返しは当然の必然ってもんさ。むしろこれでも安いくらいですよ。
「ええっ、そんな。あたしより絶対キョンくんの方が大変でしたよ」
 もうどっちが大変だったとか関係なく、とにかく今俺は猛烈に朝比奈さんにお返しがしたいんです。それこそ俺の身を売っても構わないくらいだ。
「ありがとう、キョンくん。気持ちはとっても嬉しい。でも、ダメ。ダメですからね。後のこと考えないと」
 店内の野郎客全員を一瞬で恋に落とせそうな笑顔を俺に向け、その笑顔のままの朝比奈さんに俺は軽くお叱りを受けた。なんだかM属性が芽生えてしまいそうだ。
 笑顔は別に減るもんではないが、これ以上他の男どもに見せていると何か減ってしまいそうな気がして、俺はすぐさま話題を変えて元の状態へと導く。ちょっと惜しい気もするが、俺はいつだってこの笑顔を拝見できるしな。
 そうして値段を第一に気に掛けつつも朝比奈さんお気に入りの靴を探して、久々の、本当に久々のショッピングらしいショッピングを俺たちは楽しんでいた。
「あ、えと……これ可愛い」
 わざわざ値札を確認してから「可愛い」と言う心遣いが、もう果てしなくたまりません。
「いいですね、試着してみましょうか」
 俺はニヤケそうになる頬を左手で制しながら、右手を上げて店員を呼ぶ。
 営業スマイルの奥に忙しさを垣間見せつつも、俺の声に反応を見せたお姉系店員がこちらへとやって来る。朝比奈さんが希望のサイズを告げると、在庫を確認すると言ってバックルームへと姿を消した。
「あ、キョンくん。今日のご飯どうします?」
 他の客が扉を開けた際に入り込む風が艶やかな栗色の髪を揺らし、今度はその揺れる髪が俺の平常心を揺らしてくる。十万本のエナメル質ミサイル。
 俺は懸命に迎撃を試みようと、晩飯のことだけを頭に浮かべることにした。
「そうですね。えーと」
 俺がメニューを考えあぐねていると、そのあいだに在庫を調べ上げた店員が戻ってきた。
 だが朝比奈さん指定のサイズはどうやら品切れらしく、ワンサイズ上の物を抱えて、どうですか、と試着を勧めてくる。
「……じゃあ、一度履いてみます」
 履き込みすぎて、その可憐な容姿には不釣合いな状態になっている靴を脱ぎ、朝比奈さんは真新しい靴へと足を運ぶ。私服に裸足って、なんかいいな。
「ふぇ、ちょっと大きいかも……。残念です」
 ガラスの靴を履きこなすには少しばかり幼い容姿だったシンデレラは、一瞬、顔を曇らせるが、
「あ、じゃあこれ。これも可愛い」
 年頃の女の子は何かと移り変わりが激しいようで、すぐさま笑顔を取り戻して次の候補を手に取る。まあ、朝比奈さんが履くのならなんだって可愛くなりますよ。
「あ、ピッタリ」


 店を出た俺と朝比奈さんは、特に行き先を決めるでもなく適当な方向へ歩き出した。
 予想よりリーズナブルに済ませることになった朝比奈さんへのプレゼント入りの紙袋を右手に持ち、さて次はどうしようかと目的地を決めかねていると、
「そういえばキョンくん、ご飯どうします?」
 ああ、さっき訊かれてそのままでしたね。えーと、そうですね。
「久し振りに、朝比奈さんが作ったサンドイッチが食べたいです」
 あの鶴屋山で食べて以来、一度も口にしていませんからね。
「ええっ、そんなのでいいの?」
 そんなのも何も、俺にとってはどんなフルコースよりもごちそうです。それにさっき、後のことを考えないと、って言ったのは朝比奈さんですからね。贅沢はいけません。
「ありがとう。そう言ってくれると作り甲斐があるなぁ。うん、贅沢はダメですね」
 そう自分を戒めて、頭をコツン、とやる朝比奈さん。
 その可愛らしい仕草に地球も興奮を隠しきれなかったのか、自身が立ち昇らせた熱気の分の空気を埋めるように、俺たちの足元に風を吹き付けてくる。
 スカートは膝下だが、それでも眩しい膝小僧を見え隠れさせるその風に俺は少しの嫉妬を覚えつつ、そんなガキな自分を心の中で嘲っていた。
 等間隔に植えられた、まだ育ちきっていない街路樹を俺がぼーっと数えていると、
「あ、いや、ちょっと、朝比奈さん」
「えへ。いいですよね」
 とか言って背伸びして腕を絡めておいでになった。幼顔の少女も、ちょっとした大人びた振る舞いで本当に大人っぽく見えてしまうから侮れない。年下に見えたシンデレラは、魔女の魔法の一振りで上級生へ。
 いっぽう俺はといえば、赤い顔を冷やす作業で精一杯で、なんだかいつもとは立場を逆転されてしまった感じだ。
 羞恥心と優越感が絶妙にブレンドされたような感情を湧き上がらせつつ、俺は周りの男どもから突き刺さる視線を左右へと受け流していた。このお方は俺のもんだぞ、と。
 そうして俺が見知らぬ人々と牽制し合っていると、加えて肩にもふわっとした感触が現れる。またもやシャンプーの香り。
 お世辞にも王子様とは程遠い俺に、シンデレラなんぞもったいないのは百も承知だが、それでも俺は離したくない。絡まる腕に力を入れ、ぐっと強く引き寄せる。それに答えて、朝比奈さんが頭を肩にコツンとやってくれるのがこそばゆい。
 半年前に蒔かれた苦労の種が、ようやく花開いた至高のひと時。
 そう、全ては半年前に。








 半年前。文芸部室。
 おぼろげな記憶の地引き網を引っ張らずとも、キュートな字体という海上保安の巡視船が、記憶の海から該当する人物をすぐさま引き揚げてくる。一瞬で誰なのかを推測できた。
 そもそもこういった呼び出し手段を選択している時点で、端から俺の先入観は全開でスタートアップしており、結果ある人物だと完全に決め付けていた。
 未来ではデジタル化が一周して逆にアナログに回帰しているのだろうか、手紙という古くからの習わし。うむ、音楽とかでも何かとアナログに執着する人がいたりするからな。あながちそうなのかもしれん。
 エコマークが好感度の上昇に拍車を掛ける可愛らしい便箋をポケットに忍ばせ、俺は放課後の部室で待ち呆けていた。
「あ、ごごめんなさい。待たせちゃいました?」
 痛んだ扉を労わるようにそっと開け、俺の前に姿を現したのは、ちょっとばかし予想とはズレた人物だった。いや、同一人物なんだから合ってるっちゃあ合ってるんだが。
「いえいえ、俺も今来たばかりですよ」
 脳内モニターに映し出していた人物像をズームアウトで小さく写し直すと、俺の眼前に現れた人物と一致する。
 そう、大きい方の朝比奈さんではなく、見慣れた俺の朝比奈さんだ。
「あの、またなんですけど、ちょっと付いて来て欲しいところがあって……」
 乾季を凌ぎきれなかった稲みたいに萎びた様子で、朝比奈さんは申し訳なさそうに俺に請う。
 茶っ葉の買出しか、はたまた未来絡みの付き添いなのか、どっちにしろ次世紀のヴィーナスにこんなお願いの仕方をされたんじゃあ、俺がイエス以外の回答を弾き出すわけがない。過去でも異空間でもお供いたしましょう。
「よかったぁ。うふ、ありがとう」
 いえいえ、こちらこそ毎日の眼福をありがとうございます。
 まあ、どちらかといえば二人きりで茶っ葉の買出しの方が色々と満たされる気もするが、未来のおつかいだって十分なもんさ。
 どこへ行こうとも、朝比奈さんの萎びた稲には俺が水を満たして差し上げたいね。
 俺が勝手に朝比奈水田に足を踏み込まんと長靴に履き替えようとしていると、俺の手に小さな手の感触が伝わってきた。眼福ならぬ触福とでも言うべきだろうか。この時点で、俺の方の水田は七割くらい水で満たされたようなもんだ。
「では、いきますね。目を閉じて……」
 言われるがままに瞼を下ろし、お世辞にも気持ちいいとは言えないあのハードな感覚に備える。
「じゃあ長門さん、ちょっと行って来ますね」
 ちなみに今まで全く触れていなかったが、長門も部屋の隅っこで活字漁りに精を出していることを伝えておこう。
「…………」
 目を瞑っているのでなんとも言えんが、なんとなく長門が今うなずいたような気がする。 
 長門に、いってきます、とテレパシーを送っている俺を尻目に、いよいよ浮遊感が身体を襲い始めた。
 そして次の瞬間。


 部室の扉がやかましく開いた気がした。


 しかしすぐに時間遡行に入ったため、それは気のせいだったのかもしれないと思い直し、しばし壮絶なバイキングにリンパ液を掻き回されていた。
「ふぇ……何か……」
 遡行中に聞こえたどことなく不安げな朝比奈さんの呟きも、きっと気のせいなんだろう。病は気から的な要素で、さっきの扉の音が心に妙なつっかえを作っているが故に聞こえた幻に違いない。
 あーもう、とにかく気持ち悪くてどうでも良くなってきた。いい加減慣れてきそうなもんだが、遊園地のコーヒーカップでさえ苦手な部類に入る俺には、ちときつい。


 ようやく身体がまともな感覚を取り戻し、靴底が地面と接しているのを確認する。
 さて、いつのどこへ来たのやらと朝比奈さんの方を振り向くと、
「……あれ? うそ……」
 ウォーリーでも紛れ込んでいるのかと思うほど電波時計を凝視している朝比奈さんは、大きな瞳をさらに大きくして呟いた。
「どうしたんです? ていうか、とりあえず今はいつなんですか?」
 まず問い掛けてみるが、俺の問いは朝比奈さんの耳には入らなかったようで、
「……そんな、確かに四年前に」
 こちらを振り向くことはなく、独り言は絶賛進行中である。
 ていうか、また四年前なんですか。
「ううん。確かに四年前に行く予定でした。けど、けど、こんなの、どうしよう……」
 今にも泣きそうな表情を色付かせ、朝比奈さんは手を微かに震わせる。雲行きの怪しさを匂わせる空気が、それを発生源に辺りに立ち込めていく。
 どうやら遡行地点を間違えたらしい。
「朝比奈さん。別に間違った時間に来ただけなら、もう一回時間遡行すればいいじゃないですか」
 まず普通ならこう考えて当然のはずだし、いくら朝比奈さんでもこれくらいは容易に考え付くはずだ。
 だが朝比奈さんは、ゆっくりと首を横に振り、
「……それが、うぅ、ぐす」
 犯した過失が自責の念をくすぐったのか、朝比奈さんは小さな泣き声を響かせている。
 いったいどうしたというのだろう。また遡行し直すってだけでは解決策としては成り立たないのだろうか。
「朝比奈さん、いったい今はいつなんです?」
 砂場を横取りされた園児みたいに泣く頭を慰めつつ、二度目となるその質問を俺はぶつけた。
「……ご、五年前なんです。どうして、どうしてあの断層を越えることが……」
 そこで俺は、朝比奈さんとペアになったあの春の不思議探索を脳裏に浮かべた。
 並んでベンチに腰を下ろし、自分が未来から来たと告白した幼い天使。その会話の中にあった一節。四年前にハルヒによって時間の歪みが生じ、それ以上の過去に遡れなくなったという説明を思い出した。
「あのハルヒのせいでそれ以上過去に行けないってやつですか」
「……はい」
 この朝比奈さんの狼狽ぶりから察するに、逆にここから断層とやらを越えて未来へ行くこともできないのだろう。要するに元の時間軸にも戻れないってことか。
 ……って、これはひょっとして、ものすごくマズい事態ということではないだろうか。なんてこった。
 長きによって培われた俺のエマージェンシー耐性はどこへやら、俺は段々と焦燥の色を隠せなくなり始める。
 落ち着け、帰れないわけがない。きっと何かを見落として、
 ん? いや、待てよ。それなら、
「朝比奈さん。その断層ってやつの一歩手前の時間まで行きましょう。そうすりゃすぐに、時間の流れが自然と断層を越えてくれるはずでしょう?」
 天使の涙のワックスが脳の滑りを良くしたのか、焦燥から一転、我ながらアイデアマンである。
 だが俺の自画自賛もそこそこに、朝比奈さんは決定打となる否定のボールを俺に打ち込む。
「……それが、TPDD自体が作動しないんです。ここの時間平面流動の波形と噛み合わないの。きっとあの四年前の、あ、今居るところからは十ヶ月後だけど、その時空振動で色々なものが変わっちゃったんだわ……」
 相変わらず理屈はよく解らんが、またしてもハルヒだってことか。
「未来と連絡を取って、なんとかしてもらったりとかもできないんですか?」
「……はい。時間遡行も通信も、他の時間平面にアクセスするメカニズムは全部一緒なんです。あの夏休みの時みたいに、閉じ込められた状態なの……」
 くそ、八方塞がりじゃないか。
 てことはだな、ハルヒが時間を歪める時までここで普通に十ヶ月過ごさないといけないわけで、しかも朝比奈さんと二人きりでの糖度百パーセントな……。
 いやいやいや、この非常事態になんてこと考えてんだ俺は。冷静なのは自分で誉めてやらんこともないが、頭に浮かぶ物がいちいちピンク色だってんなら、あたふたしている方が幾分マシだ。
「キョンくん、ごめんなさい。ごめんなさい。ほんとにごめんなさい……。あの時、部室に涼宮さんが入ってきたことにすぐ気付けば……。長門さん、うまく誤魔化してくれてるかな……」
 朝比奈さんは俺に何度も陳謝を並べ、とうとう声を上げて泣き出した。ていうか、やっぱりハルヒだったのか。
「朝比奈さん、これはあなたが悪いわけじゃない。俺は大丈夫ですから、そんなに責任を感じることはないですよ」
 ゆっくり、なだめるように言葉を掛け、俺は俯く頭を優しく撫でる。夕方という絵筆が辺りを濃いオレンジ色で塗りつぶし、お互いの影は細長く地面に描かれる。二人の体勢がそれと妙にマッチして、なんだかどこぞのゴールデンタイムドラマみたいだ。
 しばらくその状態を保ったまま朝比奈さんが落ち着くのを待ってみるが、このムードが色々な自制心の邪魔立てに拍車を掛けている状態で、少しばかりやり辛い。ついでに柔らかい髪の感触がなお後押し。
 思わず抱きしめてしまいそうになる衝動を抑えつつ、俺は決意した。
「朝比奈さん、帰れないのなら仕方ありません。二人で、ここで十ヶ月待ちましょう」
 そう言うと、朝比奈さんはそっと俺の顔を見上げる。新聞紙で磨いた鏡のように、伝う涙が強くオレンジの光を反射して眩しい。
「……それしかないですね。キョンくん、ありがとう」
 そこで俺に向けて作られる笑顔は、その反射する光よりも断然眩しかった。
 うん、いいね、その顔。
 やっぱ、稲は水に浸っていてこそなのさ。








 こうしてこの時間軸で十ヶ月待つことを決めた俺と朝比奈さんの生活が、音もなく幕を上げた。
 だが、時間に干渉できない朝比奈さんは一般人に相違なく、俺に至ってはもともと一般人である。一般の高校生二人が自らの力で生計を立てるというのはあまりにも困難であり、正直、苛烈を極めた。
 だが知り合いにすがり付くとなれば、それはもれなく歴史の改竄というオマケが付いてくることになり、そもそも立場上身分を明かすことができない。
 そして知り合いのみならず身分を明かすのはタブーであり、そのせいで足枷を付けられたように動きが取り辛かった。
 ここが四年前なら長門に頼っていたところだが、この時間軸では長門はまだ生まれてすらいない。改めて、どれだけ長門に甘えていたのかを思い知らされたね。
 つまり、正真正銘ゼロからのスタートだった。
 まず俺たちは住居スペースの確保に身を乗り出すと共に、俺の仕事探しも平行して行った。
 住居に関しては、理想を言えば俺と朝比奈さんは別々にした方が色々と問題が起きずに済むのだろうが、こちとら無一文の高校生である。
 加えて、俺たちに科せられたハンデは経済面だけにとどまらず、身分の証明をできないが故に親の承諾を得ることもできないという、未成年にとってはそれこそ超重量級の足枷がはめられている。これが何よりも部屋探しに支障をきたした。
 仕事に関しては、今の二人の所持金を考慮すると、まず日雇い即払いのバイトが適切だという結論に至った。まあ適切というか、ハンデを考えるとそういう雇用形態でしか雇ってもらえなさそうな気もするが。
 とりあえず初日である今日はすでに陽が西に傾ききっていたので、仕事はもちろん部屋探しにもあまり手を付けることができず、家なき子はノンフィクションとなることが決まった。マジで言いたい。同情するなら金をくれ。
 それっぽくする為にルソーを拝借してこようかとか企みつつ、朝比奈さんには心痛の至りこの上ないのだが、俺は公園で朝を迎えようと提案した。
 俯きながらも素直に従ってくれる可愛い上級生に、俺は何があろうと無事に十ヶ月過ごすことを心に決め、ささやかな夕食入りのコンビニ袋を携えてベンチに腰を下ろすのだった。
「朝比奈さん、寒くないですか?」
 暦は寒季というわけではないのだが、夜の公園ってのは何かと冷えるもんだからな。この先の十ヶ月間を考慮すれば、体調管理ってのは極めて重要だ。
「あ、はい。大丈夫。女の子って冷え性が多いけど、実際寒さには強いんですよ?」
 俺より半シーズン分薄着の朝比奈さんが、胸を張って少しばかり自慢げに答える。強調されたそのボリュームがやけに目に付き、俺の中の色々なリミッターを解除しようとしてくるから困りものだ。
「確かに、女の人の方が基本的に露出度は高いような気がしますからね」
 街をうろつくと、真冬でもミニスカートなんてのも割と見かけるからな。寒さ的にも性別的にも俺には到底マネできん。
「でしょ。女の子って強いんだから」
 おにぎりの封を切りつつ、俺は小学生時代に年間通して短パンだったクラスメイトの男子を思い出していた。
 いっぽう朝比奈さんも年中ノースリーブだったクラスメイトでも思い出しているのか、明後日の方を向いてパンを齧っている。夜の闇のせいで、パンの種類が何なのかまでは解らなかった。
 やがて短いディナータイムを終えた俺と朝比奈さんは、まるでこの先の不安を取り繕うかのように雑談に興じ始め、湧き上がる何かを抑えていた。相身互いな二人。
 それでも、しばらくそうしているうちに瞼のカラータイマーは点滅しだし、口数は自然と減っていく。
 そしてやっぱり肌寒いのか俺たちはいつしか肩を寄せ合い、やがて夢の入り口に足を突っ込んでいた。




 その翌日は、朝から住まいと仕事探しに時間を費やした。
 まずはその際にでっち上げの嘘話を作る。俺と朝比奈さんは兄妹であり、両親が事故で他界したため二人きりでの生活を余儀なくされたというちょっと眉唾っぽいが、とりあえずそういう設定にしておいた。
 絞ったターゲットは、敷金礼金なしの超格安オンボロアパートである。
 不安感満開の朝比奈さんのために、まず設定と色々な理由付けの再確認を二人で行う。これから十三階段を上りそうな朝比奈さんの表情に、何かこっちまでネガティブな感情が押し寄せてきそうになるが、ここまで来ればとにかく大家へゴーだ。
 結果、一件目二件目は見事に撃沈したのだが、三件目の大家さんが割と話のわかる人で、前払いの家賃を五日だけ待ってもらえる形で契約が成立した。
 途中、なんで施設に入らないのとか不動産を通さないのとか多少つっこまれた点もあったりしたが、なんとかデタラメに理屈付けて誤魔化してやった。
 仕事の方も明日と明後日の分までは取り付け、時間遡行前からポケットに入れっぱなしだった俺の財布の中身と合わせた結果、かろうじて激安の家賃分は確保できそうなことが解った。家なき子は再びフィクションの世界へ。
 とにかく、まずは一歩を踏み出すことに成功した。





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