命の谷 vol.3 ヤギの話






やあ、小さなウサギ。君は何故こんな所にいるんだい?
君にも取り戻したい何かがあるんだろう。

先の嵐では、草花を含めあまりにもたくさんの命が失われてしまったね。
悲しみに囚われてはいけない。それも自然の摂理なのだから。
しかし私たちの糧となる緑がなければ、更なる犠牲をつくってしまう。
だから私はここへ来たのだ。鮮やかな緑が甦るように。

丘にいる仲間たちは信じているのさ。
緑が絶えなければ私たちは死なないという幻想を、
そしてこの命の谷という偽りの奇跡を。


驚いたようだね。
この世のどこにもそんな力は存在しない。命と引き換えにできるものなど存在しないのだ。
運命によって命は生まれ、草花は枯れ、全てのものは朽ちてゆくのだ。
ならばその運命を受け入れることは生きていることとまた同じ。
生は死、死は生。わかるかな?

私がこの谷に身を預けることで、丘の者々に少しでも希望が湧くのであれば私は本望だ。
彼らによって支えられ生かされてきた一人ぼっちの私が、彼らのために死んでゆく。
これも運命だとは思わないかね。

君はこのまやかしに惑わされてはいけないよ。
この世界はまやかしに満ちている。
君が私に私が君になり代わった時、真実と虚偽は簡単に入れ替わってしまうのだから。


忘れてはいけない。
命の代償など存在しない。
君の命とこの世界の命は永遠に等しく、失くしてはいけない美しいものなのだ。



賢いウサギ。君は何故こんな所にいるんだい?

さあ、私はもういかなくては。
丘の上の仲間が草花が私の死を待っているのだから。

























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